Rouge Tea Party @Caltech

Caltechで理論物理の研究をしています。

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ボストン休暇

1ヶ月間ものすごく頑張って研究したので、ご褒美に5日間ほど休暇をとりました。土日も研究してたから、別にこれくらいいいよね。

行き先はもちろんボストンです。言うまでもなく。。。

ボストンに居る間は、何にも生産的な活動をしませんでした。いつも行ってたレストランを訪ねて、ボストンシンフォニーに行き、ノースエンドでショッピング。ほんと、普段通りのボストンの休日を楽しみました。ボストンはパサデナと違って、すっかり秋模様の町並みが綺麗でした。

それに、花粉も飛んでいないので、快適!

ボストンの自宅までは、パサデナの自宅からちょうど10時間で到着しました。耐え切れないほど遠いというわけではないですが、やっぱり近くは無いですね。飛行機の座席の間隔が後20センチ広ければ、快適に仕事をしたりもできるんですが。それと、自宅から空港までの移動時間も無視できないですね。。。

今回の休暇のコンセプトは、だらりとする、という事だったので、ボストンでは友人には一切会わないようにしました。一人で引きこもる事=休暇、というのは、僕の本質を表している気がしますが、次にボストンに行った際には、みなさまに会えるといいなと思います。

ところで、ボストンに帰省する直前の2週間くらいは、研究面でとても実りの多い期間でした。これまでに考えて来た事や、地道に作って来た手法が、嘘のように上手く繋がって、信じられないくらいの進展がありました。まだ、最後に一つ大きな山を越えなければいけないのですが、状況は一変しました。

ちなみに一連の研究の進展の鍵になるアイデアは、1年ほど前から暖めていたものがほとんどです。

これらのアイデアを復活させるに至ったのは、ボスのおかげです。忘れ去りそうになっていたアイデアを話した時、そのまま捨て去るのはもったいないから、何とかして形にしなさいと励まされました。自分としてもお気に入りのアイデアだったのですが、自分以外の人から客観的に面白いアイデアだよと言われたことで、もう一度考えてみるきっかけになりました。

こういった化学反応は、実質的に指導教官的な先生がいなかったMITではあり得なかったと思います。ほんと、Caltechに来て良かったと思います。MITとCaltech、二つの場所があってこそ、自分はcompleteだと感じられます。どちらか一つではダメです。


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  1. 2012/10/29(月) 18:13:08|
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新生活

新生活が始まって、何週間か経ちました。現在の感覚としては、絶望的に西海岸が自分に合ってない気がしています。この変化の無い、ただ晴れていて暑いだけの気候がつらいです。町並みはヤシの木が並んだだけで無機質で人工的、空気はスモッグで汚いし、花粉も飛びまくってる。

といいつつ、生活面ではとても満たされていますし、研究面でも日々かなり進展がある気がします。ただ、やっぱり、この土地は僕のための場所ではないという感覚です。ほんと、一体いつになったら東海岸に戻れるのでしょうか。

こちらでは、金曜日の午後はボスと議論したり語らう時間、みたいな感じになっています。今日は、1年前の研究結果を話したら、面白いのに何で論文にしないねん、って怒られました。確かに、言われてみればインパクトのある結果なので、重い腰を上げて論文にまとめてみようと思います。客観視してくれる人がいるのは、良い事なのかもしれません。

僕のポストは、形式上は上司のいない独立した職なのです。けれど、僕にとっては、研究者生活で初めての指導教官なので、色々な事が新鮮です。MITでは背伸びをしてポスドクのようなスタイルで研究していたので、Caltechでは大学院生のようなスタイルで研究したいきたいと思っています。

実際、ボスにそそのかされて、1年前に解けなかった問題たちを見直してみたら、案外さくっと解けたりして、驚きでした。と同時に、この1年間の間にも自分は少しだけ賢くなったのだなあと思えて、幸せです。

こちらに来ての一番の変化は、完全自炊に移行したという事です。とても使い勝手の良い大きなキッチンがあるのも一つの理由ですが、この1ヶ月で外食したのは1度だけで、それ以外は3食すべて自炊です。もう一つの変化は、日本人に全く会わなくなったことでしょうか。日本人は、まだ碁盤君にしか会ってません。

ところで、夏の旅行と引っ越し費用のレシートを集めたら、1万ドルくらいでした。つまり、来月には1万ドルの臨時収入があるということですね、わかります。

大学院生の頃は基本的に研究費なるものが存在しておらず、旅行をするには相手の大学に招待してもらうまで待つしか無かったです。だから研究結果があまりない最初の3年間くらいは、ボストンに閉じ込められていた感じでした。自腹で学会に行った事も何度かありました。

当時に比べると、今はほんとに恵まれてるなと思います。パトロンの方には、本当に感謝しています。と言っても、日本の博士課程の学振よりも研究費自体は少ないのです。研究環境という意味で、日本ほど恵まれている国は無いと思います。

  1. 2012/10/17(水) 15:38:57|
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